ワラビの季節

我が家の、道路を隔てた向こう側に、60代の独り者の男性の家がある。

ここに、これまた独り者のおばちゃんが、時々訪れる。

この二人、なかなかお似合いで、近くのスーパーの外のベンチで並んで座ってるとこなんぞ、

冬のソナタ」のユジンとチュンサンみたいだ。

なんともほほえましい。

 

このおばちゃんを、自転車で散歩(?)していたツレが見かけたそうだ。

知り合いの家の庭先で、話し込んでいた時だと。

長靴にかっぽう着姿のおばちゃんが、知り合いのおじいさんに尋ねたと。

「山に今未だワラビあるかね」

「まだまだあるよ。これからだよ」

「クマ、出ないかな」

「今なら大丈夫だよ。クマの出る時間じゃない」

「そんじゃ…」と、トコトコとおばちゃんは、山の方向へ歩いて行ったそうな。

 

この話を、帰って来たツレから聞いた私は、目を丸くして立て続けに尋ねた。

「山って、突き当たりの山のこと?(この山は奥羽山脈の西側に位置する)

誰かの車で?

歩いて?

あのいでたちで?

真っすぐ行けば、山にはぶち当たるけど、2キロはあるよ!」

ツレは言った。

「トコトコ歩いて行ったから、あのまま山へ入ったんだろう。

何度も行ったことあって慣れているんだろう。

おじいさんとも当たり前に話していたし」

「それじゃあ、ワラビが採れたらお向かいさんに持って来るんじゃないの?」と、私。

「そうだろうね」

ここまでが、午前中の会話。

このあとツレは、昼食を済ませて、近くのパークゴルフ場にお出掛けとなる。

 

4時過ぎ、郵便受けを覗きに行き、玄関を開けた私は、またまた目を丸くした。

あのおばちゃんが、長靴を履いて、お向かいさんに入るうしろ姿を目にしたのだ。

一人では食べきれないほどの大量のワラビの袋を持っている。

ワラビを採って、山から歩いてきたの?

まさか⁉️

 

この話はここで終わるはずだった。

が、夕方6時頃、「ピンポンパンポーン♪」が聞こえた。

「こちらは、防災〇〇町役場です。

本日、午後4時頃、〇〇地区〇〇の県道で、クマが目撃されました。

付近の方は注意してください。ピンポンパンポン⤵️」

吹き出してしまった。

おばちゃん!クマに遭遇しなくて良かったね!

 

で、後日談。正確には次の日。

ツレがお向かいさんと話していた。そして判明した。

あのおばちゃんは、ツレが見かけた午前10時頃から山へ向かい、私が目撃した

午後4時に帰宅(お向かいさんに直行)したそうな。

その間なんと6時間!

歩いて山に向かい、昼食も摂らず、クマにも会わず、ワラビを採って、

歩いて帰って来たことになる。

何というバイタリティー

(なんて無茶な行動!と、言えなくもないが)

ご無事のご帰還で、めでたし  メデタシ‼️

 

 

野生の王国

「今年は蛇を見かけないね」

久しぶりに会ったおとなりのおばあちゃん(75歳)が言った。

「二匹だけだったね。あんなのは数のうちに入らないし」

 

一週間くらい前の暑い日のこと。

遅いお昼ご飯を食べていると、何か聞き慣れない音がする。

それも周期的に、ジージー、ともチー、チー、とも聞こえる。

食後にテラスに出ると、桜の大木が枝分かれしている部分を、一羽のトリが

音を発しながらとびついている。

訳の分からない音はこのトリの声だった。

何度目かの突進で、蛇がぶら下がったのが見えた。

こちらからは、太い幹に遮られて中の様子はよく見えない。

そうか!トリの巣があるんだ!!

とすると、中には卵かヒナがあるんだ!

トリのお父さん。何度も何度も攻撃を試みて、ついに蛇を

地面に落としてしまった。

やったー!!この間、テラス中継だけでも15分はかかっている。

お父さんドリは、そばのフェンスに止まって下を見下ろしている。

その姿には威厳があった。

「二度と上がって来るな!」

そんな気迫さえ感じられた。

 

その木から10mくらい離れた場所で、一羽のカラスが何かを突っついている。

突かれて跳ね上がった物体は、ボール状に絡み合った蛇だった。

丸まってるのを邪魔された蛇は、鎌首をもたげて威嚇してカラスに突進した。

と、そのカラス君、トコトコとその場を去っていった。

 

ちょっと前の、ムクドリのお父さんの勇姿とのギャップに、

思わず吹き出してしまった。

そのそばを、高校の陸上部の生徒が走り込みをしている。

なんとものどかな風景だ。

 

その数日後、桜の木辺りから、ピーピーピーとうるさいほどの

トリの鳴き声が聞こえて来た。

良かった!!

卵は食べられていなかった。

彼らは無事に孵化したのだ。

鳴き声の直後、親鳥が飛び出すのが見えた。

雨にも負けず 風にも負けず

「今日もプレーオフで負けた!」

と言って、ツレが帰ってきた。

「ホール近くの山の上にのっけたのに、風が強く吹いて玉が転げ落ちて、

OBになってしまった!」と悔しがることしきり。

 

パークゴルフプレーオフとは生意気な!とは思うが、

今年はやり始めから幸先がいい。

やたらとプレーオフがある。

1年前に腰を手術するまでは成績よろしくなく、ご機嫌もよろしくなかった。

手術後も9月近くまでは、パークゴルフは医師に止められていた。

その後は雪が降るまで数回出場しただけで、本格的に復活したのは

今年の、それも4月に近くなってからで、始動から未だ2ヶ月も経っていない。

 

ツレの家系のDNAは「、勝つこと」が優先される。

なんとかの大会があると、前日の夜に着るシャツを選び、当日は早起きをして身支度を整え、

いそいそと軽のお車でお出掛けになる。

(私も早起きして弁当を作る羽目になる)

なにせ最近は、女性(おばあちゃん達だが)にモテるようになった!

なので期待に応えるべく(?)常に上位入賞を目指すことになる。

闘争心未だ衰えず。老いて益々盛ん。と言うところだろうか。

 

参加賞としての、トイレットペーパーや洗剤が入手できて家計は助かり、

私はご機嫌になる。

獲物を担いで意気揚々と帰ってくるさまは、農耕民族より狩猟民族の感がある。

最近は、遊び方もいろいろ変えて、今回はトーナメント方式だという。

ペア大会に団体戦と、なんでもアリだ。

もちろん、雨降りでも雷がなければ開催される。

 

幸か不幸か昨年の夏は、腰の手術の為、8月末までパークゴルフは禁止された。

記録的な暑さで、体調を崩す方がかなりいたらしい。

 

ツレ殿。

楽しいのは喜ぶべきことだが、ご自分の年齢と体調と運転に気を配って、

お遊びくださいね。

78歳なのですぞ!

 

 

 

 

 

僥倖に巡り会う

十二国記」の新作が、今年の10月に発売されるという。しかも、4巻も。

この最終章を待ち望んでいた。

小野不由美さんのファンタジー小説で、15年も前に、息子が買い揃えてくれたのが

読み始めで、しっかりハマってしまった。

何度も読み返して、やっと全体のストーリーが掴めたかな、と思える大作で、

今でもベッドに入って何行か文字をあさって眠りにつく。

 

それぞれの章が、違う文体で書かれていてそれぞれ面白いが、

その中で、心に残った言葉が3つある。

 

《生きることは、楽しいこと半分、つらいこと半分なのですよ。蓬莱の子》

十二の国の中のある国の女性の王様が、日本からタイムスリップして流れ着いて、

理不尽に苦労している女の子を、諭す言葉だ。

当時の自分の立ち位置に、胸にじ~んと沁みた言葉だった。

 

《人は変わることができるんです。幸いなことに》

自国を追われた王女様が心を入れ替えて、かつて自分を追い出した従者の元へ、

次の王になってくれとふみを出す。

そのふみを届けた使いの者の言葉だ。

この言葉は、私自身がまとった古い殻を脱ぎ捨てることにためらっていた時に、

私の背中を押してくれた。

 

《無上の僥倖に巡り会う》

麒麟(キリン)が王様を選ぶ」という設定になっているこの物語の中の、

「図南の翼」の章で、「麒麟」が王様(12歳の女の子)に

かしずく場面の描写だ。

           「無上の僥倖に巡り会ったかのような表情で…」(麒麟の側です)

この言葉が、なぜか心に引っかかった。

なので、メモ用紙に書いて引き出しにしまっておいた。

[無上の僥倖に巡り会う]と書いて。

 

そして数年後、私は思いがけない幸運に巡り会ってしまった。

これを引き寄せの法則と言うのだろうか。

        もう  言葉もなにもいらない。

         このままで、テロメア尽きるまで生きてゆける

と、思えるほどの幸福。

 

メモ用紙に書いたとおり、私は昨年、本物の

「無上の僥倖」に巡り会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

はるかジャム

f:id:yumewanijiiro112:20190418120104j:image我が家では、朝食に「はるかジャム」をいただく。

ツレは、ヨーグルトに砂糖がわりに入れて、私は、ソフトフランスパンに

のっけて食する。

見た目がゴールドだし、何より、柑橘の爽やかで上品な風味がたまらない。

 

みかんに始まった埼玉からの宅急便が、柚子、小松菜、さつまいも、カリントウ、

はるか、とゆったりと2月末まで続いた。

こちらからも、柚子ジャム、りんご、玄米、の宅急便が数回あった。

その中の「はるか」に、私の目は釘付けになった。

このゴールドの輝き!この皮でジャムを作ろう!

早速アマゾンで、「訳ありはるか」を格安で入手した。

いただいた「はるか」は、中身は食べて皮をジャムにした

 

実はもうじき、町の健診がある。

ツレは以前から、血糖値が高いことを指摘されていたが、

加えて自分もそうなるのでは、と案じてはいる。

 

ジャムの作り方は簡単だ。

一昨年だったか、柚子を送ってもらった時に、柚子ジャムの作り方をネットで調べた。

いろんな人がいろんな作り方を紹介しているが、自分が気に入ったのがこの方法で、

そのやり方を「はるかちゃん」に応用した。

それをここに書いてみる。

 

柚子を亀の子たわしで洗い、計る

砂糖を柚子の半量  用意する

柚子を二つに切って果汁を絞る  (目の細かいザルに入れておく)

袋は取り除き、皮の内側の白い部分も大まかにスプーンでこそげ取る

種をすくい、だしパックかティーパックに入れる(一袋分)

皮をスライスする

鍋に皮と水を入れて、三回煮こぼす

お湯の水分を切った皮と、果汁、砂糖、種、を鍋に入れて中火で煮る

とろみが増したら出来上がり!  (冷めると硬くなるので、そこをイメージして)

 

柚子ジャムを作る話をしたら、叔母さんや知り合いのお姐さんから、

あれこれ尋ねられた。

      一晩くらい水に浸すの?

      水はなんぼ入れるの?

      何時間煮詰めるの?

水は一滴も入れないし、煮詰めるのも1キロ10分くらいで済む、と答えたら、

信じられない顔をしていたっけ。

 

叔母さんが、私の持ち込んだ「はるか」で、早速ジャムを作ったそうだ。

順調に作り進み、あとは煮詰めるだけの処で、とろみをもう少しと思い、

水分を飛ばしていったら、冷めたらカチカチになったそうだ。

それは、誰もがおちいりやすい落とし穴なのだ。

        

 

 

 

 

 

 

餃子の中身と外身をくださ~い!

3月中頃、12歳年上の叔母さんから電話があった。

今年も仕込み味噌を発注するなら、桶を返せばその分が安くなるとのこと。

昨年4月、叔母さん宅が仕込んでもらっている麹屋さんに、

我が家用の味噌10キロを、はじめて頼んだのだった。

今年もその時期が来たのだ。

なので、カラオケ?を車に積んでツレの運転で出かけた。

オケだけではなぁ~と、昨夜作った餃子の中身と、皮を、適当に掴んで、

袋に入れて持っていった。

一緒に、柑橘類の「はるか」と、その皮で作った「はるかジャム」も積んでいった。

 

「仕込み味噌」と「はるかジャム」については、別の機会に発表する。

今回は、餃子のおはなし。

 

叔母さん宅では、叔父さんがお肉を食べない。

最近でこそ、やれ、骨粗しょう症だの、筋力がどうのと医師に言われて、

娘さんとふたり分だけ、たまに肉料理をするらしいが、なにせレパートリーが少ない。

もちろん叔父さんは別バージョンだ。

なので、餃子を作ったからと中身を持っていくと、とても喜ぶ。

焼き餃子はハードルが高いらしく、揚げ餃子にするらしい。

皮は足りるかしら、と心配していたが、「計ったようにぴったりだったわよ」と、

驚いていた。

叔父さんは、お肉が入ってると食べないので、冷凍庫にストックしておいた皮で、

チーズを巻いて揚げて出したそうだ。

 

この話を聞いて私はニンマリした。

自分の勘は鈍っていない!

餃子の中身がこの分量だと、皮はこのくらい、と、つかんだ感覚でわかるのだ。

正確に言うと、「中身が300グラムで餃子の皮が24枚入りひと袋」

これでドンピシャリ!

 

お肉屋さん時代は、この、「中身300グラムと皮一つ」がセットでよく売れた。

作る側も大変だ。

ベビーバスほどの大きさのボウルで、キャベツ、ニラ、調味料を混ぜ込んだ

合挽き肉をしっかりこねる。

これは、手の大きなツレの仕事だ。

出来上がった中身を、300グラムずつビニール袋に入れる。

これは私の役割だ。

何個も計っていると、これで300グラム、とわかってくる。

今回つかんだ量が、まさしくあの感覚だったのだ。

 

お客さん側にもメリットがある。

仕事をして帰宅して、キャベツを刻むところからだとイヤになるが、

これだと、包むところを見せられるから、手抜きの罪悪感が無い。

しかも、焼きたてを食べられる。

これはホントによく売れた。

「餃子の中身と外身をくださ~い」と。

2セット、3セットと買ってくれた。

 

こちらの小売店やスーパーでも売ればいいのに、と思って見ている。

皆さん、餃子は大好きだ。

だから、冷凍餃子はよく売れてるようだ。

 

叔母さんに作りかたを教えた。

簡単だから、と言って。

豚挽肉に生姜とニンニクをすりおろして入れて、醤油、みりん、胡椒、

そして必ず胡麻油、これらをしっかり混ぜ合わせてから、刻んだ

キャベツとニラ(好みできのこ類)を合わせて、練り混ぜる。

掌でしっかり混ぜるよう伝えたけど、わかったかな?

 

春になって、ニラが畑から伸びて出てきたら作ってみる、と言っていた。

でも、春になるどころか、4月2日は秋田県の山沿いは大雪になっちゃって、

お昼過ぎに除雪車が出動してたなぁ~。

 

 

 

 

お金持ちのお客さん

ひと月ほど前に届いた小包に書かれていた住所に、覚えがあった。

わずかな記憶を頼りに、ツレにある事を尋ねた。

そして、判明した。

 

ツレは、中学卒業と同時に集団就職列車で上京した。

就職先は西小山のお肉屋さんだったという。

彼は目蒲線のと言ったが、今は目黒線になっている。

近くにセンゾクの駅があった、とも言った。

洗い足、と書くあの「洗足」だ。

その逆方向は武蔵小山駅だ。

例の小包の住所が、品川区なんとか小山になっていたので、

「ん!?」と思ったのだ。

「お屋敷町で、お金持ちが住んでいるところだ」と、ツレは言った。

 

結婚して50年近くになるが、この話は詳しくは聞いた事がない。

この時代の事は、ツレは多くを語らない。

東北の農家の次男坊が、東京は山の手のお金持ちと接触する

お肉屋さんへ行ったのだ。

重い荷物を自転車にくくりつけて坂道を登った話を、

そういえば聞いた事がある。

親元から離された15歳の子供には、辛い時代だったのだろう。

 

それから15年の後、府中の肉屋で働いていたツレは結婚し、

3年目に国立に肉屋を開業した。

国立は学園都市とも言われて、グレードの高いお金持ちが住んでいる地域だ。

 

お金持ちは、包まれている空気が違う。

彼らは独特のオーラを放つ。

お金があって当たり前の所作なのだ。

 

私はツレに怒鳴られながら、肉屋の奥さんをこなした。

そこで疑問に思った事がある。

意識高い系でお金持ちの奥様が、ちらほらとお店に来てくれるのだが、

ツレはこの方達への接客がうまいのだ。

お客様ご所望のお肉をしっかり売って、更に上乗せして買ってもらって、

「あのお肉、美味しかったわよ~」と、言われて、必ずリピーターになってもらう。

この接客の呼吸というか、間の取り方というか、が、

唸るほどあざやかなのだ。

この、お客様を引き寄せるテクニック、know-how。

これだけは、私は感心して見ていた。

この技はどこで身に付けた?

 

肉屋をやめて20年も経過した今になって、その謎が解けた。

西小山のお肉屋さん時代だ!

ツレはそこで、お金持ちのなんたるかを身をもって習得したのだろう。

だからツレは、秋田弁を話せないのだ。

「秋田には帰らない」

こんな固い意志で、肉屋の修業をして来たのだと思う。

ソファーで、ゴロゴロ、うつらうつらのツレを見やりながら、

これを書き上げた。

 

西小山をグーグルマップで検索したら、近くに目黒区があった。

55年前、秋田から上京した私は、外交官の家族と合流した。

その住所を今も覚えている。

「東京都   目黒区   上目黒   大橋住宅   ……」

ツレも私も、時期がずれてはいるが、東京の中の近い地域で、

新しい人生のスタートを切っていたのだ。

人生の最期に手が届く今になって、初めて知ることになるとは…。